アスリートを育てたいパパママ必見 才能つぶさない五十嵐勉流子育て

五十嵐カノア アスリート 子育て 父 両親 楽しむ1 スポーツ

オリンピック・サーフィンでメダリストとなった五十嵐カノア

父親が大好きなサーフィンをしている姿を毎日見ながら育ちました。

そして息子、五十嵐カノアをオリンピアンに育て上げた父

五十嵐勉氏の子育て術がステキだった。見習いたい必見

 

スポンサーリンク

 

五十嵐カノア 両親が思い描いたこと

 

 
 
 
 
 
この投稿をInstagramで見る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Kanoa Igarashi(@kanoaigarashi)がシェアした投稿

 

五十嵐カノア(23) 両親は共に日本人、お互いにサーフィンが
大好きで、プロサーファーになりたいと思っていた。

 

二人は結婚後、子どもを「世界で活躍できる人にしたい」
自分たちと同じサーフィンで活躍してほしいと思っていました。

 

最高の環境で育てようと、日本での仕事を辞めて、
わずかなお金と片言の英語しか話せない状態にも関わらず

 

アメリカのカリフォルニアに移住しました。
「日本人がアメリカで生きていくことは、楽では無かった」
振り返っています。

 

家庭を支えるため、ツトム氏はリムジンの運転手をしたり
日本人観光客のガイドツアーをしたり、がむしゃらに
働いたそうです。

 

「大変だったよ、それも若かったからできたな~」
後に語っていました。

 

妻である美佐子さんも、初めての出産を控え、言葉もままならない
状態であるにも関わらず、不安が無かった訳では無いと思います。
むしろ不安だらけだったかもしれないですね。

 

お互いを信じて移住をした勇気がステキです。

 

Beats by Dre | プロサーファー、五十嵐カノアが父と語る「海とサーフィン」

 

Beats by Dre |「父と息子の海」プロサーファー、五十嵐カノアの遠い記憶

 

スポンサーリンク

 

五十嵐カノア とにかく楽しむ

 

夫婦共にサーフィン大好き家族なので、家族でずっと
サーフィンを楽しむ姿勢を貫いていました

 

カノアさんもサーフィンは「”家族で遊んでいるスポーツ”だった、ただ楽しんでいた」
と語っていました。幼少の頃、父がサーフィンを楽しむ姿
母がサーフィンを楽しむ姿を見て一緒にサーフィンを楽しんでいたんですね。

 

父も母も、楽しませることを第一に考えていました。
サーフィンを嫌いにさせない事、楽しいものだと思える様に
ポジティブなイメージを持たせることに幼少の頃は
専念したように思います。

五十嵐カノア 父のルーティン

カノアさんが初めてサーフィンをしたのは3歳の時
ハワイのサーフショップで気に入ってしまったサーフボードを
欲しいとおねだり、$800もすることの意味は分からなかった

 

五十嵐カノア アスリート 子育て 父 両親 楽しむ1
出典:notefirstboard

カノアさん黄色がお気に入りだったみたいです。
おもちゃの感覚だったとか。目を引く黄色
子どもは好きですよね。そういえば水着も黄色です。

 

この日、すぐにボードに立ててしまったそうです。
このボードで沢山サーフィンをした事でしょう
今でも、大事に持っているそうです。

毎日サーフィンをする日々だったそうです。
ツトムさんは、カノアさんが幼い頃、毎朝5時20分には

 

カノアさんを起こし、5時45分には波乗りができるように
していたそうです。
(カノアさんが2年生になっても学校に間に合うように
時間を調整していたそうです)

 

学校が終わるとまたサーフィンに行く、朝はツトムさんの役目
夕方のサーフィンは仕事からの帰宅が間に合えばツトムさんが、

 

間に合わない時は、お母さんの美佐子さんが
毎日連れて行っていたのかもしれませんね。

 

Kanoa Igarashi Mini Freak from Toby Cregan 

 

スポンサーリンク

 

五十嵐カノア 味わった違和感・孤独感

 

「日本人(アジア人)がアメリカで生きていくことは
楽では無かった」と父の勉さんが語っているように

 

カノアさんにとってもコミュニティや学校で味わう違和感が
つきまとったそうです。

 

きっと本人は生まれも育ちもアメリカでありながら、
周囲からの反応は、好意的なものばかりでは無かったという

 

「いつも違和感、疎外感、孤独感があった」とカノアさんは
インタビューで答えていました。

 

試合でカノアさんが勝つと、ブーイングが起きたり、
試合に負ければ歓声があがったりしました。

 

 

そんな中で、サーフィンで優勝したり、トロフィーを貰ったり
世間も注目し始めると、周囲の反応はどんどん変わっていき

 

疎外感や孤独感から解放されました。この時カノアさんが
思っていたのは「クラスで1番かっこよくなる」

 

世界チャンピオンとか仕事にするなんて考えてもいなっかった
そうで、全ては「かっこよくなる」に尽きていたんですね
子どもらしいです。

 

サーフィンで勝つことで、周りから認めてもらえる体験を
して、家族だけじゃなく、第3者から認めてもらう、

 

それは、それ以前の疎外感を感じていたカノアさんにとって
とても大きな変化でした。もっと、もっとと
サーフィンにのめりこんでいったんでしょうね。

6歳の時初めて朝のテレビ生放送で突然取材されました。

 

ビーチでいつもカノアのサーフィンを見ていたヒッピーのような
おじさんが「お前は必ずワールドチャンピオンになるよ!
俺がロスアンゼルスのテレビ局に電話してお前の事を話して
取材にくるように伝えるからな」と毎朝、口癖のように言っていたそう

 

ある日

「君かい? 凄い天才キッズサーファーが居るって
局に連絡が来ていて、今日は取材させてもらうよ」

「名前は? 誰にサーフィンを習ったの?」と

生放送の取材が始まりました。

 

この時の生放送で一気にカノアさんはハンティントンで有名に
なっていったそうです。

 

五十嵐カノア 母の支え

 

メディアにはお母さんの美佐子さんのエピソードは
あまり出ていませんが、多くのアスリート達の母親と同じように

食事面でも支えてくれていたようです。車の異動では車中で
食べられるように、よくミートソースのスパゲティを
作ってくれていたそうです。

 

子どもの頃からスナック菓子などは控えていたようです。
バランスの良い食事、身体に良いものを選んでいました。

 

もちろん、ガッツリのベジタリアン、オーガニックばかり
という訳ではなく、食事も楽しむときは十分に
楽しんでいたそうです。

 

他にも沢山のエピソードがありそうですから色々と
聞いてみたいですね。

 

 

お母さんとの会話がありました

 

母はメンタルでも支えとなっていました。

 

スポンサーリンク

 

五十嵐カノアを世界レベルにした父の子育てまとめ

とにかく、親がそのスポーツを愛し、楽しむ事
そして楽しむ姿を見せる事

 

おのずと、子どもは親をみて育つので、楽しそうな事に
興味を持ちますよね

 

これはスポーツ以外でも通じますね、仕事や勉強にも通ずる
所があります。

 

そして、親がプレッシャーを与えない、子どもがスキルを
発揮し、メダルやトロフィーを獲得しても、

 

喜ぶことは勿論ですが、もっともっとと、
指導に熱くなりすぎない事、期待を大きくしすぎると、
子どもが深く悩むことになるのではないでしょうか

 

大会で成績が振るわなくても、決して怒らないで・・・
怒っても過ぎたことは過ぎた事

失敗から学ぶことはいっぱいありますよね。
一つデータが取れたと思って、じゃあ今度は
どうしようかと前向きに考えるほうがよっぽど
成長につながります。

 

そのスポーツを愛し心から楽しむことが出来るように
育てる事が大事なんですね。

 

今一度、自分の子供や部下の事についても、
考え直させられました。

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました